評価のアウトーソーシング

 今の研究での全然ブレイクアウトできない状況では、どんどん声も小さくなっている自分が悲しいが、組織の活性化の一つのアイデアとして、入社3年目ぐらいに思っていた「評価機関の完全アウトソーシング化」というのがあるのではないかな。
 評価者が身内だから、そもそも最初の評価基準が明確でないし、その明確でない評価基準の下、実行される仕事の品質は上がる必要がない、つまり改善のプロセスや管理のプロセスを全く必要としない状況が出来上がるのだ。
 入社3年目のときに、なんだか良くわからないけど、適当に展示館に出展するデモを作ってデモでのプレゼンス向上!これがオレの仕事ってのでお茶を濁し続けた入社1〜3年目あたりに、これ楽しいけどこれでいいのかねえ。と思ったときに考えたもの。お金を払ってでも独立性を保った評価機関が必要だと思われる。まあ、普通の言葉で言えば、監査がこれに近いのだろう。けど、今財務さんにいじめられつつ行っているのは「正しくお金を使っているか」であって「正しいお金を使っているか」については、かなりいい加減な判断のもと実施されている。さらにいえば、使われ方のチェックは予定と実績の差を0にしたら勝利!というもので、使われたお金の効果の測定はあまり効いたことがない。
 現在のKPIによる管理も管理の定量化を考えたものであるのだろうけど、その以前に評価->改善のためには何を定量化をすべきかという明確な考えがない中で定量化しても仕方なかろうと思う。

 ただ、もしかしたらそういう管理の中身に入る前に、やはり組織のビジョナリの欠如と階層レイヤによる考えの断層が大きいのかもしれない。今日聞いた話だと、どうもトップダウン方針は完全に捻じ曲がって下っぱに伝わっている。なぜだ。